sixtyseventh.diary

とりとめはない

2021-01-30 時はこぼれていくよ

演じ続けた日をやめたら、到底人からは受け入れられないであろう自分が溢れ出てきて、そんなふうに溢れた部分を放っておくと悲しみしかなく、怒りもわき、ろくなことにならないので、とにかく私は演じ続けたほうが良い、というか、演じてない自分まで愛されようなんて独りよがりもいいところだった、恥ずべきことであった。と、今日の昼思い至ったのである。

私は最高の私という作品を社会に送り出し私という作品が他の人にも役立つように振る舞い心血を注ぐことで、世界は平和になる。その対価を得ようなんておこがましい。私は勝手に人に、私という作品を通して与える与える与える与える。与えられないことに文句は言わない。

十分にやりつくせば、きっと、私が私を認めるか、それがしんどければ、苦しかったり痛かったりするのを飛び越えて死ねる。だから、とにかくやり尽くして、精神的な自傷をやっていくしかない。

とりあえず仕事でしくじらないように、会社のSlackからtimesを消した、もう適切なタイミングで適切な相手以外に安易に仕事の成果以外のことをアウトプットしないように、戒める。

ちょっと要領が良く、活動的で、ひねくれていておもしろい、そういう作品を業務時間内に作り続けることに注力するのが、誰もがしあわせなことであり……私以外のだれもが、しあわせになれることなのだ。 

だから、頑張るほどに私は私のことをゆっくり、愛してあげられる。誰も知らない部分でいじけて苦しい私を認めてあげられるくらいに与えまくる。

与えたほどに欲しがったそれに、名前をつけるなら、あれは恋だった。