内示が出た。私は異動なし、1年目なのでよほどでない限り異動しないであろうことは知ってたが。でかい異動はまあ向こう数年ないだろうし、小さい異動も1年目だしない。周りもそこまで大変動ではなさそうだが、少し入れ替わる結果がどう出るかはよく分からない。
周りの人はそんなに気にしていないだろうが、思えばこの1年、お手並み拝見されてるかもと思い込んだうえで身の丈以上に頑張ってしまったかもしれない。身の丈以上に頑張ってしまっていたのかどうか、これはもう何も分からない。実力以上に何か食いしばってやったのだとしたら、それはそれで、この年にして結構いい話なのではないか。仕事に結果はない。プロセスを一人眺め、悪くはなかったが、もっとあれができたか、これができたか、いやぁそんなに無理したら心臓止まっちゃいますね、など。
今の担当業務は良かれ悪しかれ注目されるものであるし、私なりに、後の人に恥じるようなことはすまい、いやむしろ、私なりに少しは誇れることをすべし、とやってきた。それがどうだったかなんて誰も知らない。私なりに、私が関わったことが誰か一人にとっていい意味で印象に残っていたならいい。
異動はないが、配置がかわってやること自体は変わることもありえる。来週末に私が何を担当しているかはまるで分からない。今と同じかもしれないし、少し違うかもしれないし、全然違うかもしれない。ただ、事業は同じなので少し気楽。
この1年、ずっと、仕事について嫌な思いもした。でも、職業としてこの仕事をやり続けることを今は全く合っていることだと信じている。嫌なこと、理不尽なこと、つまらないこと、納得いかないこと、さまざまにある。きっとこれからも山のようにある。仕事中に泣くこともある。
それでもたぶん、もう少し続けられるだろう、と思う景色がある。人にとってはつまらないものでも、私にはひろびろとした景色がある。
新年度に向けて、業務が結構逼迫しているが、とりあえず今月は今月、来月は来月。お手並みはもう十分出せたことでしょう。