sixtyseventh.diary

とりとめはない

2021-04-26 だいたい俺は今3歳なんだけど 2歳のときにはもう分かってたね

4歳の話を書く。

保育園の担任からしばしば苦言を呈される。保育園の担任とはそういうものなのかもしれない。時折癇癪を起こすのだと言われ、比較的最近まで、うちでも注意して観察すると回答していた。

彼女はかなり頑張っている方だと思うこともしばしばある。保育園の登園は他の子に比べてもスムーズだし、公園で初めての子に声をかけて割と平穏に遊ぶこともできる。

私は少し、保育園の担任を信用できないような気がする。というか、娘のふるまいと担任のしばしばある苦言、どちらを頼りに動くべきかというと、娘のような気がしてきている。彼女の困った振る舞いも当然あるだろうし、困らせるのは心苦しいが、彼女の頑張っている姿や、出来たことの多さを一番理解している大人は私たち家庭なのではないか。

他の子と比べて頑固だったり、反抗したりもするのかもしれない。でもそれは彼女なりのロジックに基づいてのことで……。

月曜も、何やら苦言を呈されたが、それは彼女の中のルールがあって、大人には理解出来ない論理かもしれないが、彼女の中のルールも比較的論理だっていることもあり、それを画一的に覆すことは難しい、と静かに返事をしておいた。何も、癇癪を起こしたからと言って、廊下に追い出すことはないとも思った。私だったら深く悲しむだろう。彼女は私からもらったヘアゴムが大切だったし、ボール遊びの順番を守っていたのにさらに注文をつけられたのだ。イライラしてしまうのもわかるような気がする。

一方、私は保育園の担任から、彼女が頑張った話のようなよいFBを受けたことがあんまりない。少し心配である。彼女はたぶん、それなりに頑張ったり努力したりしていると思う。それについて、担任から適切なFBを得ているのだろうか。彼女は褒められたり認められたりすることが大好きだ。そして、日本の教育の場は(20年前は少なくとも)ポジティブFBがかなり下手だったことをふと思い出してしまう。できないことよりできたことを、なるべく見出してあげたい。し、彼女はできることも本当にたくさんあり、優秀だと私は思っている。

私は娘とうまく遊べない。ごっこ遊びは苦痛だし、夜は疲れていてリクエストに十分に応えられない。だけど、娘の味方で居続ける必要はあるし、そうでありたい。どうせこの保育園も今月いっぱいだし、と思うと愛想笑いや理解したフリもしなくていいのかなと思えてきた。集団の中でひとりひとりを眼差すなんて保育は大変だろうから正直ほとんど無理だと思うし、そこまではそもそも期待しないが、なんだかフッと、疲れてしまったのである。児童のことに関する注意を受ける親だって、それなりにストレスはあるもんです。